AIを使いこなせなかった私が、開発を楽しむようになるまで②
こんにちは。麗です。
今日、8月7日は私にとって少しだけ特別な日になります。
私がAIに本格的に興味を持ち始めてから、ちょうど1年なんです。
今回の記事では、その直後に起きた私の中の変化を中心に振り返りました。
前回の記事: 「AIを使いこなせなかった私が、開発を楽しむようになるまで」 8月7日までの出来事を振り返りました。
朝から晩まで、AIと話していました
AIへの興味が一気に湧き上がってから、私はほとんどの時間をAIとの対話に使うようになりました。
- 朝、目が覚めたらニュースを見ながら湧き上がった疑問を聞く
- 作業中に分からないことが出てきたら相談する
- 思いついたアイデアがあれば、壁打ちをする
- 何かにモヤッとしたら「私はなぜこう感じたんだろう?」と一緒に考える
そんな日々です。
もともとの私は、ものすごく考え込むタイプ。
ひとつ疑問が浮かぶと、答えが出ないまま頭の中でずーっと考え続けてしまいます。
調べればすぐに分かることならまだいいのですが、私が気になるのは妙にニッチだったり、細かすぎたりすることも多く、検索してもなかなか「これだ」という答えにたどり着きません。
以前、ひとつの疑問について1ヶ月ほど図書館に通って調べ続け、最終的にたどり着いた答えが**「まだ解明されていません」**だったこともありました(笑)
それくらい、疑問を抱えたまま延々と考えてしまうことがありました。
そんな私にとって、AIとのやりとりは、かなり画期的でした。
それまで頭の中で大渋滞を起こしていたモヤモヤの列が、少しずつ流れ始めたのです。
そして私は、AIに答えを教えてもらうこと以上に、自分が何を考えているのかを一緒に探せることに面白さを感じるようになっていきました。
自分でも分からなかった「自分の考え」を知る
ある時、たまたま見かけた記事を読んで、ものすごく腹が立ったことがありました。
何が書かれていたのかはもう覚えていないのですが、とにかく腹立たしかったことだけは覚えています。
そこで、ふと思いました。
私は、この記事の何にこんなに腹を立てているんだろう?
でも、考えても、自分ではよく分かりませんでした。
そこでAIに話しかけてみたんです。
「この記事を読んで腹が立った。でも、なぜ腹が立っているのか自分でもよく分からない」
そんなところから話し始めて、AIから質問をもらいながら一緒に掘り下げていきました。
すると最後には、自分でも認識していなかった価値観にたどり着いたのです。
うろ覚えで具体的なことが書けないのがもどかしいですが、とても新鮮な体験でした。
そこからは、AIと対話しながら、自分の中に存在しているけど、上手く言語化できないモヤモヤが少しずつ、くっきりと見えるようになってきました。
「AIって、知らないことを教えてくれるだけのものじゃないんだ」
そのころから、私の中でAIの位置づけが少しずつ変わっていった気がします。
文章を書くときにも、一緒に考えるようになりました
記事を書きながら、**「もう一歩、踏み込みたい」**と思うことが私はよくありました。
体験、感想、自分の意見も書いたのに、なぜかうまくまとまっていなかったり、結論が出そうで出てこなかったりするようなことがあったのです。
でも、自分一人で書いている以上、行き詰まってしまうとどうしようもなく‥何時間も考えた末に、きれいごとや一般論をならべてしまうことがありました。
文章としてはまとまったのですが、最後の最後に自分では思ってもいないきれいな嘘で締めてしまっていたんです‥。
そこでAIに、
「私はこの記事のまとめを書きたい。私の考えを引き出して」
などと聞きながら、一緒に考えるようになりました。
書いた内容について質問してもらったり、「なぜそう感じたの?」と掘り下げてもらったりするうちに、自分でも気づいていなかった考えが出てきます。
そうして書いた記事は、以前よりもずっと自分らしく感じられました。
読み返したときの「これだ」という納得感も大きくなりました。
AIを使うと、きれいな文章を簡単に作れる。
でも私にとってはむしろ、AIと話すことで、思ってもいないきれいごとを書かずに済むようになったことのほうが大きかったのです。
無料で使えるAIを片っ端から試しました
そんなふうにAIとの対話に夢中になった私は、さまざまなAIサービスを試しました。
- Perplexity
- ChatGPT
- Gemini
- Claude
- NotebookLM
- Genspark
- Manus
- Notion AI
などなど。
当時、無料で触れられるクラウド上のAIは、かなり片っ端から試したんじゃないかと思います。
それまでの私にとって、AIといえばPerplexityやChatGPTくらいのものでしたが、AIって私が思っているよりも沢山あることに気づいたのです。
しかも、同じ「AI」と呼ばれるサービスでも、それぞれ得意なことが違います。
AIの世界って、思っていた以上に広い!面白い!
そう思ったのです。
そして、ひとつ新しいサービスに触れるたびに、私の中にあった「AIとはこういうもの」という定義が少しずつ書き換わっていきました。
今振り返ると、このころの私は「自分に合うAIを探していた」というより、AIでいったいどこまでできるのか、その境界線を見てみたかったのだと思います。
「検索するもの」から「一緒に考えるもの」へ
こうして振り返ってみると、この1〜2ヶ月で変わったのは、AIの使い方だけではなかったように思います。
8月6日までの私にとって、AIは「会話のできる検索エンジン」でした。
それがいつの間にか、自分でも分からないことを一緒に考えたり、頭の中にあるものを言葉として表現してくれる相手になっていました。
そして私はますますAIに夢中になり、ここからさらにいろいろな使い方を試していくことになります。
その話は、また次の記事で。