好きな要素を詰め込んでも面白くならない|ゲーム開発の失敗と引き算の思考
こんにちは。麗です。
先日、開発中の作品で大きな失敗をしました💦
自分の好きな要素をたくさん盛り込んだ結果、元のゲームよりもつまらなくなってしまったのです。
今回の記事では、その失敗を通して学んだ、ゲーム制作における「足し算」と「引き算」について書いていきます。
小さな水槽ゲームを作った話

ゲーム制作を始めて間もない頃、金魚を30日間育てる水槽シミュレーションゲームを作りました。
魚にエサをあげると元気になりますが、水質は下がる。
水槽を掃除すると水質は改善しますが、魚には負担がかかる。
プレイヤーは魚の元気と水質のバランスを考えながら、毎ターン行動を選んでいきます。
このゲーム自体は公開していませんが、作った本人である私が何度も遊んでしまうくらい、面白いものだったんですよね。
そこで私は、
「このゲームを、もっと面白くできるかもしれない」
と考えました。
しかし、既存ゲームの改良は、そううまくはいかなかったのです。。。
元のゲームは、何が面白かったのか
元のゲームでは、プレイヤーが毎ターン、魚に何をしてあげるかを選びます。
エサをあげれば、魚の元気は回復しますが、食べ残しなどによって水は汚れます。
水槽を掃除すれば、水質は改善しますが、魚にはストレスがかかり、元気が下がります。
さらに、水温や酸素量といった要素も少しずつ加えていきました。
しっかり考えて行動すれば、魚は長生き。何も考えずに行動すると、魚はすぐに弱ってしまう。
複雑な操作はありませんが、毎ターン小さな判断が発生します。
「今は魚の元気を優先するべきか」
「それとも、水質を守るべきか」
この小さな葛藤が、元のゲームの面白さになっていました。
ゲームの中心となる「コアメカニクス」
今回の失敗について調べる中で、ゲームデザインには「コアメカニクス」という考え方があることを知りました。
厳密な定義は文脈によって異なりますが、簡単にいえば、プレイヤーがゲームの中で繰り返す、中心的な行動や判断のことです。
この水槽ゲームの場合は、
魚の状態を見ながら、何を優先するか選ぶこと
が、コアメカニクスにあたります。
私は当時、この言葉を知りませんでしたが、元のゲームでは、偶然、この中心部分がうまく機能していました。
同じような行動を繰り返すゲームなのに何度も遊びたくなったのは、毎ターンの判断のなかにある「小さな迷い」が楽しかったからだと思います。
「好きなものを全部入れる」という企画
水槽シミュレーションゲームをもっと面白くしたいと考えた私は、ゲームの資料や記録、コードをAIに読み込ませ、元のゲームを整理した企画書を作ってみました。
そして、その企画書をもとに、改良版のアイデアを考えたのです。
このとき設定したペルソナは、
「20代で、育成ゲームや推理小説、謎解きが好きな、知識欲の強い女性」
です。
このペルソナは、以前の私そのものでした。
企画書とペルソナを提示しながらAIに相談すると、私が挙げた要素をすべて組み合わせたゲームアイデアをあると提案されました。
水槽シミュレーションに、育成、推理、謎解きを組み合わせるという内容です。
その企画概要を読んだ瞬間、私は一気に心をつかまれました。
- 育成
- 謎解き
- 推理
- 観察
- 知識
- 緊張感
自分の好きなものが、すべてひとつの作品に入っている。
「好きな要素を盛り込んだゲーム、楽しみだ」
そう思ったのです。
好きなものを入れたのに、ときめかない
その企画をもとに作った改良版ゲーム。
テストプレイをしてみると、かなりの違和感を覚えました。
最初は、「まだ完成していないから」だと思いました。実装がすすめば面白くなるかもしれない、と。
そう考えて開発を続けましたが、実装が進んでも面白くなっていかないのです。むしろ、実装が進むほどにつまらなくなっていきます。
「自分の好きなものを全部入れたのに、どうして?」
体調や機嫌が悪いのかとも考えました。しかし、体感的には体調も機嫌もむしろ好調です。
それなのに、心がなぜかときめかず、次第にテストプレイ自体が億劫になっていきました💦
考えることを増やしすぎていた
改良版の水槽シミュレーションゲームでは、プレイヤーは次のようなことを行います。
- 魚の状態を確認する
- 表示された情報を観察する
- 謎を考える
- 推理に必要な情報を整理する
- 魚を育てるための行動を選ぶ
これだけを見ると、面白そうに感じるかもしれません。
しかし、実際に遊んでみると、シミュレーションゲームというより、学校の勉強をしているような感覚がありました。
難しい問題を解くこと自体がゲームの中心になってしまっていたのです。
元のゲームでは、「小さな判断」や「軽い推理」が面白さにつながっていました。おそらく、その小ささと軽さが、ミニゲームに求める「軽さ」に合っていたのです。
ところが改良版では、ミニゲームのような軽い気持ちでは、太刀打ちできないものになっていました。
ゲームデザインでは、プレイヤーが一時的に処理しなければならない情報や判断の負担を、「認知負荷」と表現することがあります。
考えることが多いゲームが、必ずしも悪いわけではなく、複雑な判断や難しい問題を楽しむゲームもあります。
しかし、今回の問題は、難しさを楽しめるゲームにはなりませんでした。
それはなぜかというと、複数の要素が同じ面白さを支えるのではなく、それぞれが別の方向へプレイヤーの注意を引いているものだったからと考察しています。
- 育成では、魚の状態を管理する
- 謎解きでは、提示された問題に集中する
- 推理では、複数の情報を整理する
それぞれは単体で面白い要素ですが、同時に扱うことでプレイヤーの思考が分散し、元のゲームにあった「魚のために何を優先するか」という判断が埋もれてしまいました💦
面白くするには、想像以上の設計が必要だった
おそらく、この企画自体を面白くすることは不可能ではありません。
ただし、そのためには、それぞれの要素を丁寧に作り込み、複雑な仕組みを分かりやすく伝える必要があります。
謎解きを入れるなら、問題の設計や難易度の調整が必要です。
推理要素を入れるなら、情報の出し方や伏線、正解に至るまでの納得感も考えなければなりません。
さらに、それらを水槽シミュレーションと自然に結びつける必要があります。
要素を追加するということは、機能を実装するだけではありません。
複数の要素が、ひとつのゲーム体験として成立するように設計しなければならないのです。
当時の私には、これらを改善しながら完成させるのは難しいと判断しました💦
好きなもの同士が、相性のいいものとは限らない
私は、好きなものや面白いものを足していけば、ゲームはもっと面白くなると思っていました。
しかし、実際にはそうではありませんでした。
好きな要素を集めることと、それらがひとつのゲームの中で機能することは、別の問題です。
よく考えてみると、好きな食べ物をすべてひとつの皿に入れて混ぜても、おいしくなるとは限りません。
一緒にするなら、味の方向性や食感、量のバランスを考えて調理する必要があります。
たぶん、ゲームも同じなんだと思います。
大切なのは、要素をいくつ入れるかではなく、それぞれの要素がどのように関係し合うかです。
新しい要素を入れるときは、
この要素は、今ある魅力を強めているか
を考える必要があります。
どれほど面白い要素であっても、コアメカニクスとの関係が薄ければ、ゲーム全体にとっては邪魔になってしまうことがあります。
「何を足すか」より、「何を残すか」
以前、一緒に働いていた上司が、こんなことを言っていました。
一生懸命、練習や勉強をして、足して、足して、足していくのは大事なこと。でも、最終的に引き算ができるのが、プロだよ。
今回の失敗を通して、この言葉を思い出しました。
開発をしていると、作品にたくさんのものを足したくなります。
機能を増やす。
設定を増やす。
できることを増やす。
足したぶんだけ、作品がよくなったように感じられるからです。
もちろん、足して試すこと自体は無駄ではないと思っています。実際に作ってみなければ、その要素が必要かどうか分からないこともある。
ただし、機能をひとつ増やすたびに、プレイヤーが覚えることや考えることも増えていきます。それに、ゲームの動作が重くなったり、不具合が発生するリスクも高まったりします。
作る側にとっては魅力的な機能でも、遊ぶ側にとっては負担になるかもしれません。
何を追加するかを考えるだけでなく、
「このゲームの中心にある面白さは何か」
「その面白さを強めるために、何を残すか」
こういったことを考える必要があるのだと学びました。
失敗をもとに「ターン・アクアリウム」を作り直した

私は悩んだ末に、改良版の企画を一度見直し、ゲームを作り直すことにしました。
そうして生まれたのが、「ターン・アクアリウム」です。
現在はα版を公開しており、β版を制作しています。
ターン・アクアリウムにも、結果的にはさまざまな要素を盛り込んでいます。
ただし、以前のように好きなものをそのまま詰め込むのではなく、それぞれの要素がどのようにかみ合うのかを考えてから取り入れました。
また、要素を増やすにあたって、ミニゲームの枠に収めるのではなく、
マイペースに、長く遊べるゲーム
を目指すことにしました。
β版は8月中の公開を予定しています。
今回の失敗を無駄にしないよう、最後まで丁寧に作っていきたいです。
▶ゲーム:ターン・アクアリウムα版 ▶ブログ:ターン・アクアリウムα版公開のお知らせ