「小さくても、動く」プロジェクトが始まった日
SNSで話題になっていた、画像生成のプロンプトがありました。
「会話履歴をもとに、5年後の自分を描いてください」というものです。
軽い気持ちで、私も試してみました。
出てきた画像は、ちょっと意外なものでした。
5年後の私は、男性だった
なんと、男性だったんです(笑)。
薄暗い部屋で、パソコンデスクに向かっている。
開発コードを見つめる、真面目そうでスマートな男性でした。

実はこのプロンプトには、続きがありました。
生成した画像をもとに、「5年後の私から見て、今の私が変えるべきことは何ですか」とAIに尋ねる、というものです。
私も、話題になっていたとおり、そのまま聞いてみました。
返ってきた答えは、私の心をグサッと突き刺すものでした。
いつまで経っても、作品を完成させようとしない。今のままだと、5年後も「面白い発想があるだけの人」でしかない。
小さくても、動くものを
そのチャットで対話を続けるうちに、方針が決まりました。
- 小さいものでいい
- 動くものを、完成させる
- 制作過程を、公開していく
逆に言えば、そのころの私は——
- 理想が高くて、大がかりなものを目指してしまう
- でも、そこまでやりきる開発スキルがない
という課題を抱えていました。
理想を追って、いつまでも完成しない。
それなら、小さい作品をちゃんと完成させていく。
その過程を、公開していく。
そう、切り替えることにしたんです。
さっそく翌日から、小さなゲームを作り始めました。
必ずスクリーンショットを撮って、「今、こんなことやってる」をXに投稿する。
こうして、私の「『小さくても、動く』開発学習プロジェクト」が始まりました。
しょぼくない作品って、何だろう
「小さくても動く」で動き始めて、少し経った頃。
私は毎晩、AIと一緒にその日を振り返って、感想や反省のログを残してから眠ります。
ある日の対話で、AIにこう言われました。
「いつまでも作ってちゃダメ。公開しなさい」
私は反対しました。
「こんなショボいやつ、世に出せないでしょ」って。
そう言いながら、ふと思ったんです。
しょぼくない作品って、何だろう?
私はよく「完璧主義」と言われます。
でも、もっと正確に言うと、自分に対する理想が高いんだと思います。
だから、100点以外はぜんぶ、ボツ作品に見えてくる。
まわりがどんなにOKを出しても、自分が納得できない。
でも、「100点の作品って、どんなもの?」と考えてみると——たぶん、そんなものはないんです。
高機能なツールも、ある人には「神ツール」で、ある人には「邪魔な機能」になる。
スポーツだって、どれだけ練習しても上には上がいる。オリンピックで金メダルを取る選手でも、満点はとれない。
そんなことを考えていたら、AIが言いました。
公開してから得られるものもあります。開発学習と呼んでいるのなら、なおさらです。作品はβ版だと言えばいい。
公開してから得られるもの。
それが何なのか、そのときはわからなかったけれど、私の気持ちは、だんだん公開するほうへ傾いていきました。
こうして加わったのが、「ショボくてもいい。公開する」というコンセプトでした。
とはいえ、一応の基準は決めていて、それを満たした作品だけを載せています。全部ではありません。
(ボツ作品集も、作ってみようかな……と検討中です。)
公開して、得たもの
公開してみて得られたものは——度胸かな。これが、大きかったです。
みっちり確認して、テストもしたつもりだったのに。
公開した瞬間に、修正点やバグが見つかったりする。
作っているときと、公開したあとでは、作品の見え方が変わるんです。
見え方が変わると、見えてくるものがある。
できれば、公開前の目でテストもしたいのですが。
不思議と、それが難しかったりするんですよね。